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心を落ち着け 強さを生み出す、食事の「自己管理力」

柔道 男子73kg級 日本代表
大野将平選手 (柔道選手)

2012年のロンドン五輪でメダルを逃した男子柔道。その後、2016年のリオ五輪に向け全日本柔道連盟(以下、全柔連)では、技術指導はもちろんのこと、食事・身体づくりに関しても強化施策が盛り込まれた。全柔連の強化選手たちは、脂肪を減らし筋肉量を増やすなど、栄養管理の面からもより強いフィジカルをつくっていった。そしてリオ五輪では全7階級でメダルを獲得。日本男子柔道は再び世界にその強さを発揮したのだ。今回は、リオ五輪73kg級で金メダルを獲得した男子柔道日本代表の大野将平選手に、食事についてお話を伺った。

体重階級制競技「柔道」に必要な、食事管理

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奈良県内にある天理大学の柔道場は、稽古をする選手たちの熱気であふれていた。道場によっては一昔前まで、稽古中は一切水を飲まない時代もあったというが、現在は熱中症対策もあって選手たちはみなドリンクをこまめにとっている。

大野選手は天理大学在籍中からこの柔道場で稽古をしている。卒業した現在も全柔連の強化合宿等に参加する期間以外は、天理大を拠点に稽古やトレーニングをし、普段の食事はトレーナーのご家族にお世話になっている。朝のラントレ・午後の稽古など、1日の練習の時間帯に合わせて、食事を食べるタイミングや量を調整。食べるものについては、その日のコンディションを考えて食事をとっているという。例えば、体感としてちょっと身体が軽いな、バテそうだな、と感じるときしっかりと量を食べたり、逆にむくみを感じたり重い時には、食事量を減らしたり消化の良いものにしたり。毎日体重も測るが、数値の変化だけではなく、疲労の蓄積具合など自分の感覚を大事にしているそうだ。

試合が近づいてくると、柔道選手につきものなのが「減量」だ。多くの選手は試合当日または前日の計量に向け、出場する階級に体重を合わせるため、体重管理が必要になる。減量中は水分をとる量を減らしたり、食事は脂っぽいものを控え、全体的に量も普段よりも減らす。しかし、栄養バランスが偏らないようにすることも重要。そして、筋力やコンディションを落とさずいかに体重をコントロールし、その直後の試合でしっかりと力を発揮できるかが肝となる。

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「計量から試合までは、食べるものや量、タイミングに注意が必要です。食べなければパワーが出ないけど、試合直前に食べ過ぎると、当然、身体が重くなりますからね。試合当日はバナナ・おにぎり・ゼリーなどエネルギーになるようなものをメインに、試合ごとに少しずつ食べています」。

柔道選手の1日の試合数は、多い時で6~7試合にもなるため、試合時間の合間に、小分けにしてエネルギーを補給するそうだ。そして試合後には、スムージーやおかゆなど消化吸収のしやすいものをゆっくりと食べることで、リカバリーをするのだそうだ。

試合前も、普段も「食事の自己管理は必要」

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リオ五輪をはじめ、多くの世界選手権でメダルを獲得してきた大野選手。その強さの秘密は、どこに行っても万全のコンディションで試合に挑めているからこそ。しかし、代表選手として大学一年生ではじめて海外での試合に出場した時、実は苦い経験をしたという。それは、2010年にフランスで開催された国際大会。その時、現地の硬水が身体に合わず、試合数日前に胃腸炎を患ってしまったのだ。体重は落ちてしまったが、水分補給でなんとか体重を戻し、試合には出場し73kg級で優勝することはできた。しかし、飲料水にまで気を使えていなかったことを悔やんだ。その後、海外に行く際には、特に食べるもの・飲むものも意識するようになったという。

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また2012年頃から、東京都北区の味の素ナショナルトレーニングセンターでの、全柔連の強化合宿に参加するようになった。栄養セミナーを受けたり、管理栄養士から食事に関するアドバイスなどの専門的なサポートも受けたりするようになり、この頃から徐々に栄養に関する知識がついてきたという。自分自身で知識を身につけたことで、日頃から食事内容に自然と気を配ることができるようになり、食べ過ぎて体重が増えてしまったり、食事が原因でコンディションを崩したり、ということが減ったという。

また、社会人になってからは会食の機会なども増え、外食をすることが多くなったが、その店のメニューの中から、主食・主菜・野菜のおかずなど、栄養バランスよく食べられるよう自身で選んでオーダーする。合宿や大きな大会では栄養士のサポートを受けているが、普段は食べる内容・タイミング・量など、自分で判断しており、アスリートが日常的によいコンディションを保つには「栄養に関して自己管理する知識は絶対に必要」と大野選手は話す。

ジュニアのころ、毎日の試練は「どんぶりごはん3杯」

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大野選手が柔道を始めたのは小学一年生のころ。兄の影響で柔道をはじめた。そのころはまだ身体も小さかったといい、小学五年生で体重は40kgしかなかったという。

「当時、中学生の一番下の階級でも55kg級だったので、中学に入るまでになんとか10kgは増やすようにと先生に言われて、小学校高学年の頃は毎日ラーメンどんぶりでご飯をたべていました」。

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大野選手の母親は、当時、食の細い息子がなんとかたくさんご飯を食べられるように、白ごはんに合う味付けのおかずを用意してくれたという。ハンバーグも、餃子も、どれもとても美味しかったと当時の家庭の食卓を振り返り話す大野選手。中でも一番好きなメニューが、北九州出身の母親が作る、郷土料理の「だんご汁」。家庭によって味付けや具材は様々だが、大野家では鶏肉や山菜がたっぷり入ったもので、今でも帰省する際にはリクエストするという思い出の味。主食も肉も野菜も入っており、栄養満点のメニューだという。

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山口県の実家を出て、東京の柔道の私塾へ入門したのは中学入学の頃。親元を離れての寮生活が始まった。その頃もまだ身体は小さく、ようやく体重が50kgを越えた程度。さらに、毎日のハードな練習で運動量も多く、食べても食べてもなかなか体重が増えなかった。「お前体重が減っているじゃないか、そんなんじゃバテるぞ!」と先輩に言われ、山盛りのどんぶり3杯ほどのご飯を、1粒残さず食べなくてはいけないのがとにかく毎日つらかった、と当時を振り返る。

内臓が強い奴は、身体も強い

それでも、徐々にどんぶりごはんも食べられるようになり、身体もどんどん大きくなり、中学の三年間で毎年1階級ずつ上げていくことができたそうだ。当時の生活が、精神的にも内臓的にも自分自身を鍛えてくれたと、大野選手はジュニアのころの経験を語ってくれた。

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「昔、先生もよく言っていましたが、“内臓が強い奴は、身体も強い”。自分は、食べたものをしっかり吸収して強い身体にしてやろうって思っています。
あとは、食事に関してきっちりしすぎないようにもしている。いい意味での鈍感力。これを食べないとダメ!というルールを自分に作ってしまうと、普段と違う環境の時に食環境が変わると戦えなくなってしまいますからね」。

柔道は、タイムを競うような数字の競技ではない。5分間という短い試合時間に集中して、呼吸を整え、相手との間合いを詰め、技をかける。フィジカル的な瞬発力に加え、集中力と判断力が重要となる競技だ。

食事にこだわりを持ちすぎ、神経質になってしまうと、その選択肢が使えなかったときに不安になり、競技にも影響してしまう。どのような環境でもしっかり食べて、心を落ち着け、試合で実力を発揮できるようにすることが必要だ。そのためには「自分の中で、たくさんの食事の選択肢を持っておくことが重要」と大野選手は語る。食べるものの種類、タイミング、量など、食事に関するたくさんの選択肢を持つことが、どんな時でも自分のコンディションを保てるようになる秘訣なのだ。勝利へのこだわりと、食事と身体づくりへの柔軟な思考が、数々のメダルを勝ち取ってきた強さの理由だと感じさせられた。

PROFILE
大野将平

大野将平(Shohei Ono)/ 柔道選手

1992年生まれ、山口県出身。小学生のころから兄の影響で柔道を始める。中学からは東京都の講堂学舎に所属、寮生活を送る。出身校は弦巻中学校-世田谷学園高校-天理大学。2013年、世界選手権73kg級で優勝、2016年リオ五輪73kg級で金メダル、2018年グランドスラム デュッセルドルフ73kg級で優勝、同年アジア競技大会73kg級で金メダル、ほか国際大会での優勝多数。現在は旭化成株式会社柔道部に所属。

● 好きな食べ物

母の作る「だんご汁」・焼き肉

1分間チャレンジ!

アスリートのための食事のポイント

体重階級制競技の体重管理はどうしたらいいの?

柔道などの体重階級制競技は、試合に出場できる決められた体重があります。「筋肉量をもっと増やしたい」と思っても、規定体重を大きく超えてしまうと、試合前の減量の際に身体に負担がかかり過ぎて体調を崩してしまうことも。筋肉量を増やし、無理のない減量を行うには、体脂肪を増やさない・減らすことが必要です。

体脂肪量を増やさない食事・運動のポイント

1.あぶらを控える。

1.あぶらを控える。

エネルギー量を多くとり過ぎると、体脂肪量を増やしやすくなります。私たちのエネルギー源は、炭水化物、たんぱく質、脂質です。それぞれのエネルギー量は1gあたり、炭水化物・たんぱく質4kcal、脂質9kcalです。つまり、効率よくエネルギー量を減らすには、脂質を減らすのがよいです。
例えば、揚げ物を炒め物・蒸し物に替えたり、肉の部位はバラ肉をもも肉に替えたりします。その他、気をつけたいのは「主食+あぶら」。例えば、焼き飯、焼きそばなどです。あぶらを多く使いますので、食べ過ぎに注意が必要です。サラダのマヨネーズも控えましょう。

2. 野菜、きのこ、海そう類をたっぷり食べる。

2. 野菜、きのこ、海そう類をたっぷり食べる。

体脂肪燃焼など、身体の代謝を助ける栄養素は、ビタミン、ミネラル、食物繊維です。これらは、野菜、きのこ、海そう類に多く含まれています。1回の食事でサラダや煮物、和え物などを1~2品とりましょう。
その他、大好きな焼肉やカレーに野菜、きのこを加えたり、豚汁やけんちん汁など具だくさん汁は野菜などをしっかりとることができるのでおすすめです。

3. 運動量を増やす、こまめに動く

3. 運動量を増やす、こまめに動く

体脂肪量を増やさない・減らすには、食事量を減らすだけでなく、運動量を増やして消費エネルギー量を増やしたいです。有酸素運動を取り入れたり、駅やビルでは、エスカレーターではなく階段を利用したり、少しだけ運動量を増やすことを意識しましょう。練習の準備や後片付け、掃除も消費エネルギー量を稼ぐことができる機会になりますよ。

この食事のポイントを教えてくれた専門家
prof

上村 香久子さん管理栄養士・調理師

給食会社、病院勤務、スポーツ選手サポート関連会社、スポーツ庁委託事業スタッフを経て、2017年からフリーランスとして、柔道全日本強化選手や、中高生の野球、ラグビー、サッカー、バレーボールなどのチームのサポートを行う。