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「力を出し切りました!」が最高の褒め言葉

全日本柔道連盟 管理栄養士
上村 香久子さん (管理栄養士)

2012年、ロンドン五輪でメダルを逃した男子柔道を立て直し世界で勝つために、全日本柔道連盟(以下、全柔連)は、世界と差があった体力を強化することを強化方針とした。強い身体づくりには、食事による栄養面からのサポートが必要だ。そこで、当時すでに女子柔道の指導に当たっていた管理栄養士の上村香久子さんを招集し、栄養サポートを行うことになった。トップアスリートを支える栄養士はどんなことをしているのか、全柔連での栄養サポートの様子や、選手たちのお話を伺った。

練習は、最初から最後まで見る

普段は、ナショナルトレーニングセンターでの強化合宿に参加するシニア選手(大学生~社会人)の栄養サポートを行っている上村さん。合宿中の食事の様子を見ることはもちろん、毎日の練習の見学も欠かさない。

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「選手に合ったアドバイスをするために、できるだけ練習も試合も見ます」。
栄養士は食事のときだけ選手と接すると思いきや、体調やその日の様子を把握するために、動いているところもしっかり見ているのだ。

例えば夏場、キツイ練習のあとの昼食。選手たちの食欲が落ちているときは、「午後もハードだから頑張って食べて!」と声をかける。選手から「上村さん、練習見てたなら食べられないのわかるでしょ~?」と、反論されるというが、「見てたからこそあえて言う、食べないともたないよ!」といったやりとりをするそうだ。選手たちも自分のことを理解している人からアドバイスされたほうが納得してくれる。

また、客観的に評価をする材料として体重・体脂肪などの体組成データを確認。目指している体格に対し、順調に身体がつくれているかも加味してアドバイスをする。

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世界選手権にも帯同する。慣れない土地でも選手がベストな状態で試合に挑めるよう、普段から選手の食事情も熟知した上村さん本人が食事づくりもしている。昼食・夕食に加え、試合当日は朝食や、試合の間に食べる補食も用意する。

世界選手権の際は和食のリクエストが多いそうだが、特に男子選手から人気のメニューはなんと「スムージー」!上村流レシピは牛乳・冷凍ベリー・はちみつ・レモン汁でつくるそうだ。柔道は減量が必要な選手も多く、食欲が落ちていても食べやすく、少量でも腹持ちが良く、甘くてデザート感覚とのことで大好評なんだとか。上村さんが帯同しない時も、選手が自分でジューサーを持っていくほど浸透しており、「採用してもらえてうれしい」と話す。

貼り紙で選手とのコミュニケーションが始まった

上村さんが柔道のサポートを始めたころは、まだ選手たちの食事意識も高くなく、栄養士というと「何か注意されそう」と目を合わせてもらえなかったという。

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「自分が何をする人なのかわかってもらえるように、練習場の壁にペタペタ張り紙をすることからはじめました。例えば、練習前のエネルギー補給・練習後の疲労回復などシーンに応じた栄養ゼリーの使い分け、スポーツドリンクの種類や飲むタイミングについてなど、選手たちが興味のある内容を、わかりやすくまとめて貼っています。リアクションを見ながら試行錯誤ですよ」。

とはいえ、あれを食べなさい、とすべて指示はしない。合宿中は良いが、栄養士がいない時に選手本人が判断できず結局困ってしまう。選手の自立を促すために、程よい距離で見守りながら情報提供をしている。

「気持ちは完全に“おせっかいおばちゃん”なんですけどね!食事は美味しく楽しく食べてもらいたいから、ここぞという時にしか声はかけません」。

食事をとれば必ず身体に変化が起こる、その変化を自分で判断し、良かったなら続け、悪かったならどう改善するか考える。上村さんはそれを見守り、改善するためのアイディアを提案するのだ。

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「全柔連からは、『百貨店型のサポート』をお願いされています。たくさんの商品(選択肢)から、選手が必要なものを選ぶから、色々な情報を出してほしいと。私はそれに加えて、選手自身が本当に求めているのは何か、体調や目的にマッチしているかも踏まえてアイディアを伝えています」。

試合前はコレを食べる、減量中はこうする、など、選手のこだわりやスタイルは様々。しかし、一番怖いのは、コレ!と決めたことが何らかの事情で実践できなかったときに、コンディションを崩してしまうこと。上村さんは、「目標に対してやり方は複数ある。答えを一つに絞らないで!」と、日頃から伝えているそうだ。

現場で直面する、アスリートの食事の大切さ

アスリートのサポートをする中で、食事の大切さを実感したエピソードを伺った。

「サポートを始めたころは、朝、何も食べないままハードな朝練をしてバテてしまう選手がいたんです」。

柔道に限らず、合宿中は起床後すぐに朝練をして、そのあとに朝食をとる、という流れが多い。「朝ごはんがあるから」と、起きてから胃が空っぽのまま練習に入ってしまう選手が多いのだが、何か口にしてから動かないとパフォーマンスが上がらないだけでなく、低血糖で倒れてしまうこともある。

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「おにぎりを食べろとは言わない、せめてスポーツドリンクを飲むなど試してみてほしい」と上村さんは話す。実際、朝練でバテていた選手にエネルギーゼリーをとらせたところ、翌朝から走りこめるようになったそうだ。

ほかにも、練習中に足がつって悩んでいた選手の食事が、肉のおかずばかりで食事が茶色に偏っていたので、彩りよく野菜も食べるようアドバイスしたところ、数日で改善した。食べるタイミング・量・内容など、ちょっとした工夫で不調が改善できることは多いのだ。

お子さんと、楽しく食事をしてほしい

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中高生ジュニア選手の保護者からも相談を受ける上村さん。ほかの子と比べて食が細い、という相談が多いそうだが、「成長期は個人差が大きいので、比べる必要はない。心配しすぎないで」と、話す。

小中学生なら学校給食が標準的な食べる量の目安。食が細い子なら、まずは給食1回分の量を1日3回食べられるようにする。運動をする子はさらにお代わりをして、エネルギー摂取量を増やせば良い。サプリメントをとることが当たり前のようになってきているが、特に中学生くらいまでは、食事がしっかりととれていれば栄養的には十分だと話す。

そして、保護者の方々に何より伝えたいのは、子どもと一緒に運動や食事を楽しんで欲しい、ということ。

「親子で運動や食事の話をするのが一番大切。練習や試合を見に行ったり、聞いたりして、頑張っていた日はご褒美メニューにするとか、今日はどうだった?と会話をする中で、子どもに何をしてあげられるか見えてくる。普段から家族で食べ物の話をしたり、一緒にストレッチや体操したりすれば、食事への意識や取り組み方も変わるはず」と、語った。

上村さんは、「選手の役に立ちたい」という想いが根幹にある。中学生の頃、大好きなプロ野球選手を支える〝寮の食堂のおばちゃん“になろうと決めてから、多くのスポーツ現場で栄養サポートを実践してきた。一番うれしいのは、「力を出し切りました!」と、試合の後に言ってもらえること。勝った・負けたはもちろんあるが、そもそも選手が後悔なくやりきれたかどうかが一番大切で、それこそがサポートをする栄養士の腕の見せ所だと笑顔で語った。

PROFILE
上村 香久子

上村 香久子(Kakuko Uemura)/ 管理栄養士・調理師

給食会社、病院勤務、スポーツ選手サポート関連会社、スポーツ庁委託事業スタッフを経て、2017年からフリーランスとして、柔道全日本強化選手や、中高生の野球、ラグビー、サッカー、バレーボールなどのチームのサポートを行う。