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料理は苦手、
それでも毎日台所に立つ母の想い

陸上短距離 谷口耕太郎選手の母
谷口 みさ子さん (陸上選手の保護者)

2016年のリオ五輪の陸上男子400Mリレーで、日本が銀メダルを獲得したことは記憶に新しい。リオ五輪の出場権を獲得した2015年の世界リレー選手権大会では男子400Mリレーで3位入賞。この大会の決勝でアンカーを務め、日本の陸上史上2度目となるリレーでのメダル獲得を果たしたのが、陸上短距離の谷口耕太郎選手だ。谷口選手は中央大学卒業後、企業で実業団選手として練習に励んでいる。今回は、そんな谷口選手を見守り支え続けている母親の谷口みさ子さんに、一体どのような想いや工夫で現役アスリートを支えているのか、学生時代から現在に至るまでのお話を伺った。

おにぎりを7個食べる176cmの小学生

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「実は私、料理が家事の中で一番嫌いなんです…とにかく苦手で…」。

インタビュー冒頭、申し訳なさそうに切り出したみさ子さん。そう言いながらも、谷口家の台所仕事は99%彼女が切り盛りしている。やらなくてはいけないからやるけど、全然得意じゃない。それでも、夫と息子二人のために食事をつくるのが、23年間毎日続く彼女の日課だ。

谷口選手は、現在神奈川県の実家で生活しており、日中は練習場所の周辺で外食をしたり弁当を買って食べているが、朝晩は自宅で母の作る食事を毎日食べている。

「凝ったことは何もしていないです、一般的な調味料を使って普通のご飯を作っています。色んな食材を使ったほうがいいかなと思って、なるべくたくさんの食材を使って作るように心がけています。調子が良い時は4品くらい並ぶけど、昨夜は3品だったかな…?」

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インタビューに同席してくれた谷口選手にも、お母さんの料理についてお聞きした。

「基本、食事はすべて母にお任せで、たまに肉とか野菜とかこれたべたいな~っていうのがあるときはリクエストします。ちなみに我が家は、とにかく薄味です!身体に良いんだろうなと思いつつ…申し訳ないけど、たまにラーメン食べに行っちゃってます(笑)」。

谷口選手がお母さんの手料理の中でも特に好きなのが、マグロの叩きを大葉に挟んで揚げたもの。みさ子さんがテレビで見かて試しに作ってみたところ、家族みんなに好評で谷口家の定番メニューになったのだそう。普段買い物に行くスーパーは同じなので、買う食材も作るものも似てしまうが悩みだというみさ子さん。職場の人たちにどんなものを作っているか聞いたり、最近は動画レシピサイトなども参考にして飽きないよう工夫を重ねている。

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谷口選手は小学生の頃、父親が監督をしていたチームで野球をやっていたが、中学の陸上部の顧問に誘われて陸上を始めた。現在、身長が186cmある谷口選手だが、なんと小学六年生の頃にはすでに176cmもあったそうだ。

「昔から本当によく食べる子でした。野球をやっていた頃、朝、主人と耕太郎の二人分の大きなおにぎりを全部で7つ持たせたのに、ほかのお母さんから『耕太郎君が全部おにぎり食べちゃって、お父さんの分がないみたいですよ!』って電話がかかってきたことがあったんですよ」。

そして中学3年のころから本格的に陸上短距離の全国大会で活躍し始めた谷口選手。毎日の部活で運動量も多く、成長期のジュニアアスリートの食欲はさらにパワーアップしていった。

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「中学の頃が食べ盛りの一番のピークでしたね」と、振り返るみさ子さん。学生時代の昼の弁当は、長辺が30cmほどもある巨大なタッパーにご飯がぎっしり詰まった「タッパー弁当」。現在でも1食で軽く1.5合は米を食べるといい、谷口家では両親と息子二人の家族4人のご飯を毎日8合炊いている。翌日のお弁当にも入れようと夕飯のおかず多めに作っても、幾度となく完食されてしまい、翌朝の弁当作りで苦労した。

食欲任せの食事から、記録につながる食事へ

今では栄養バランスを意識して食事を作ることがだいぶ定着してきたが、かつては育ち盛りの息子におなかいっぱい食べさせることで精いっぱいだったそうだ。しかし、高校生の頃、陸上部で栄養士から指導を受ける機会があり、食事作りの意識に変化があったという。

「それまでは栄養に関する知識も全然なくて、この子の食欲に任せて作って食べさせていました。男の子だからとりあえず量とお肉があればいいかなっていうくらいで。栄養士の先生にいろいろ教えていただいたあの時の経験が、きっかけになりましたね」。

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その内容は、短距離・長距離それぞれに合わせた栄養セミナーと、1週間分の食事の写真を提出すると、後日、栄養分析結果がシートにまとめられて届くという栄養指導。特に栄養指導でのアドバイスが記憶に残っているそうで、当時の食事ではフルーツと乳製品が足りていなかった。谷口家は、父親が牛乳が苦手なため、ほとんど買っていなかったが、代わりにヨーグルトを取り入れるようになった。果物類は価格が高いのが主婦の財布事情としては気になったが、極力買うよう変化した。

また、高校3年の最後のインターハイ2か月前、当時体重が増えていた谷口選手は指導者から減量するように指導があった。その時に言われたのが、「食べる量は減らさなくていいから、食事の最初に野菜を食べろ」という指示。谷口選手はみさ子さんにそのことを話し、毎日朝晩レタス・水菜・キャベツなどの生野菜をサラダにして用意してもらい、最初に食べることを続けた。すると、短期間で体重が5~6キロが落ちたのだそう。結果、インターハイでも良い記録が出た。

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「本当によく覚えているんですけど、身体がよく動くんですよ。軽くなったというよりは、ある程度の重みがある中で、切れが増したという感覚でした」と、谷口選手は当時の様子を語る。

応援で会場へ駆けつけたみさ子さんも、「5~6キロ違うと見た目も明らかに違うので、実際に走ってる本人が一番感じていると思うんですけど、見ているこちらとしては単純に、軽そう!速い!そんな感じ」と、その変化は明らかだったという。

この経験をきっかけに、それ以降も野菜は意識してとっているが、高3の時ほどの劇的な効果は出ていない。最近では、大会当日に向けて糖質量を加減するなど他の食事の工夫を取り入れており、時期やコンディション・目標に応じて食べ方も変えていくことが必要だと感じているそうだ。日々のトレーニングはもちろんだが、毎日の食事における、食べるもの・食べる量・食べ方などの小さな工夫の積み重ねで、谷口選手は着実に記録を伸ばしていった。

個人競技は、保護者も個人戦

みさ子さんに、アスリートを支える保護者の立場での悩みを聞いてみたところ、「同じ立場のお母さんが身近にいないこと」と、答えてくれた。

「野球やサッカーみたいな団体競技と違って、陸上って保護者がたくさん周りにはいないじゃないですか。ちょっとした悩みを打ち明けたり、共感してくれる相手がいないのはやっぱり少し心細いです…。試合会場に行って、話を共有できるお母さん方のお友達が増えるのは心強いですね」。

また、先日テレビでとあるオリンピック選手の母親が「活躍するたびに自分の子なのに、遠いところに行くようで寂しくなっちゃった」という話をしていたのを観た時に、みさ子さんはその母親に親近感を持ったという。競技や選手自身の環境は違っても、同じ母親という立場だからこそ、彼女の感じた寂しさに共感したそうだ。

大学3年で初めて谷口選手が日本代表に選出され、日本陸上競技連盟から代表召集の手紙が届き、それを読んだ瞬間、「この子がJAPANを背負うんだ!」という喜びと同時に、「私、この子にケガをさせたり、病気をさせたりしたらいけないんだ…」という責任感を強く感じたという。

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「自分の子供なのに、陸連から『頼みましたよ』と、預けられているような感覚でした。やばい、どうしよう、って最初に焦ったのをすごく覚えています。今でもその感覚はありますね。疲れていないか、体調はどうか、練習はハードじゃないか、いつも様子を見ています」。

今まで聞いたことのなかった母親の当時の心境に、少々驚く谷口選手だったが、長年支え続けてくれることに感謝するとともに、「結果で恩返ししたい」と話す。

最後に、今後、谷口選手にどんな活躍をしてほしいか、みさ子さんに伺った。

「せっかく東京でのオリンピックなので、2020年は一家で目標にしています。まだあと1000日弱あるし、行ける前提のもと動いていけたらなぁと思っています。年齢的には次も目指せると思うので、2024年のオリンピックもかな。私は、本人が頑張っているうちはついていきますよ」。

息子が選手として活躍することで、同時に喜び、感動を共有できるのも支える家族の醍醐味だと語ってくれた。

PROFILE
谷口 みさ子

谷口 みさ子(Misako taniguchi)/ 陸上選手の保護者

陸上短距離 谷口耕太郎選手の母。

谷口 耕太郎(Kotaro taniguchi)/ 陸上短距離

1994年神奈川県生まれ。綾瀬市立北の台中学校、神奈川県立弥栄高等学校、中央大学卒業。2015年より日本代表に選出され、同年の世界リレー大会で3位に入賞する。2017年4月、凸版印刷株式会社に入社。

● 好きな食べ物

生クリーム・あんこ・餃子

1分間チャレンジ!

アスリートのための食事のポイント

食欲旺盛!食べ盛りの成長期アスリートの食事量は?

成長期アスリートは、身体が大きくなるだけでなく、食欲も増えます。「食べ過ぎてはいないか」と心配になると思います。体重、体脂肪量が大きく増えていなければ、食事量は合っていると考えられます。しかし、「質」も大切ですので、肉や菓子パンばかり食べる、野菜や果物をあまり食べないなど偏った食事では、疲労回復が遅れることがあります。「量」だけでなく、「質」にもこだわりたいです。

成長期のジュニアアスリートの食事のポイント

1. 基本の食事の形を覚える

1. 基本の食事の形を覚える

基本の食事の形は、主食(ごはん、パンなど)、主菜(メインのおかず)、副菜(野菜、きのこ、海そうのおかず)、果物、乳製品です。この形を覚えておけば、外食、コンビニエンスストア、遠征など、どこに行っても揃えられます。例えば、主食+主菜のメニューはカレーや丼、主食+副菜のメニューはタンメン、中華丼があります。成長期アスリートの1日必要なエネルギー量を確認しましょう。

2. 1食あたりのごはん量の目安

2. 1食あたりのごはん量の目安

1日の推定必要エネルギー量と1食あたりのごはんの量の目安

●2000~3000kcal:普通お茶碗1~2杯
●3000~4000kcal :普通お茶碗2杯~4杯
●4000kcal~   :普通お茶碗3杯~

目安ですので、お代わりしても結構です。しかし、体重が増えすぎる場合は、食べ過ぎに注意が必要です。

3. 定期的に体重や体脂肪率を測定しよう

定期的に体重を量り、体重が大きく増えすぎていないか確認しましょう。高校生以上は体脂肪率も測定し、体重だけでなく、体脂肪量、除脂肪量の増減を確認しましょう。

体重(kg)×体脂肪率(%)÷100=体脂肪量(kg)
体重(kg)-体脂肪量(kg)=除脂肪量(kg)
除脂肪量は、体重から体脂肪を除いた筋肉や骨、内臓、体水分などの総量

体重、体脂肪率を測定する時は、測定条件を揃えましょう。例えば、起床後、練習前、入浴前など。

この食事のポイントを教えてくれた専門家
prof

上村 香久子さん管理栄養士・調理師

給食会社、病院勤務、スポーツ選手サポート関連会社、スポーツ庁委託事業スタッフを経て、2017年からフリーランスとして、柔道全日本強化選手や、中高生の野球、ラグビー、サッカー、バレーボールなどのチームのサポートを行う。